2014年1月13日月曜日

「タモちゃん現象とは何なのか」  『月刊WiLL』2009年8月号臨時増刊





 

タモちゃん現象とは何か

                  ジャーナリスト  山際澄夫

 ◇ヒロシマからの手紙

 広島市の秋葉忠利市長がとんでもない行動に出た
八月六日に、広島市のホテルに田母神俊雄前航空幕僚長を招いて行う講演会の日程変更を求めてきたのである。
「(当日は)原爆死没者の霊を慰め世界の恒久平和を祈念する掛け替えのない日」であり、「被爆者や遺族の悲しみをいやが上にも増す結果となりかねない」というのが延期を求める理由という。だが、これはおかしい。
まるで平和を祈念する資格があるのは自分たちだけとでも言わんばかりではないか。市長に「被爆者や遺族の悲しみをいやが上にも増す」と決め付けたり、住民の催す会合に待ったをかけたりする権限があろうはずがない。田母神氏は当然のことながらこの申し入れを拒否したが、これはもう「言論の封殺」と言うべき暴挙である。
講演会は、「日本会議広島」などが主催するもので「ヒロシマの平和を疑う~田母神俊雄氏が語る、広島発真の平和メッセージ」と名付けられている。「緊迫する東アジア情勢の中で、戦争を回避するために何をなすべきか、如何にして平和を守るのかなど真の平和構築の道を提唱する」のが趣旨だという。
「ヒロシマの平和を疑う」といえば挑発的にも聞こえるが、「ヒロシマ、ナガサキ」が、核廃絶を唱え、日本国憲法さえ守っていれば、平和が保障されるかのような欺瞞的な言説を垂れ流す政治勢力に利用されてきたのは周知のことだ。そして彼らのいう「平和主義」に徹してきた結果、気がついてみれば日本は米国に次ぐ軍事大国・中国と新たに核保有国となった北朝鮮に脅かされるようになってしまっているのである。
このようなときに航空自衛隊五万人のトップとして「日本の守り」についていた田母神氏の講演会を開くのはまさに時宜を得た企画と言えるのではないか。田母神氏は「核武装論者」であるが、なぜそう考えるのか。実際に呼んで確かめることは平和の構築を考える何よりの機会になるのではないか。被爆地、広島でこそふさわしい会合と言えるだろう。
会場は五百人以上も収容できるようだが、参加希望者が殺到しているという。だが、被爆を口実に、憲法改正を阻み、日本が「普通の国家」になるのを妨害してきた連中にすればあってはならない講演会ということなのだろう。反核運動に名を借りて日本をおかしくしてきた張本人が旧社会党左派出身の秋葉市長である。秋葉氏は毎夏、偏見に満ちた「平和宣言」を行う。北朝鮮が核実験をした翌年(平成十九年)ですら「米国の時代遅れで誤った政策にはっきりノーと言うべきです」と、北朝鮮や中国の核の脅威には触れずに米国だけを非難したほどだ。
私は、思いがけなく聞いたこのニュースを深い感慨で受け止めた。航空幕僚長を解任されてから八カ月、田茂神氏が日本を戦後の呪縛から解き放ちたいと願う人たちの力となり、左派勢力が真に恐れる存在となっていることを事実として知ったからである。

◇現代のサムライを見た

私が田母神氏に初めて会ったのは靖国神社であった。「仲秋の御神楽の儀」にワックの鈴木隆一社長に連れられて行ったときのことだった。
御神楽は春と秋に拝殿で行われるが、白衣に浅黄や緑の袴をはいた宮司さんや緋袴の巫女さんが琴や笛、太鼓に合わせて、歌い舞って英霊をお慰めするのである。夕刻に始まりとっぷりと暮れるまで、実に静かな幻想的な雰囲気で心が洗われるようなひと時だった。
その御神楽に田母神氏も来ていたのである。御神楽が終わって参集殿で行われたちょっとした懇親の席で、田母神氏は参会者を代表してあいさつをされた。
 衝撃的な話だった。田母神氏がサムライであるとは人づてに聞いてはいたが、私は気にも留めていなかった。
それは自衛隊に対する多少の偏見もあったからだ。三島由紀夫が言ったように自衛隊は日本国憲法という「国家の不名誉な十字架」を背負っている。
 憲法は国を守る存在として自衛隊を明確には認めていない。このように戦後ずっといじめられてきた結果、到底武人の集団ではあり得なくなってしまっているのではないかというのが私の基本的な自衛隊観であった。だが田母神氏は違った。
 その夜田母神氏が語ったことは、今も語っていることと全く同じである。
「日本は侵略国家ではない」「A級戦犯などというのは日本には存在しない」。さらに、「首相の靖国参拝についても当然」との認識を示したように思う。
招待客は百人近くもいただろうか。このなかに出来ればマスメディアの関係者などがいないことを願った。中曽根内閣以来、歴史認識で本当のことを言って首を切られた閣僚を新聞社の政治部記者として何度も見てきた。今も「村山首相談話」や「教科書の近隣諸国条項」などでがんじがらめになっているのが日本の政治の現実である。私はそのとき「大丈夫かな。この発言が揚げ足取りの新聞に報じられたら危ないな」と思って周囲を見回したのである。
 ところが、それから、しばらく経った昨年十一月初め、田母神氏の論文投稿が問題にされ、解任されたことをニュースで知った。
 今度は、私は田母神氏を激励するため鈴木社長と『WiLL』編集長の花田紀凱さんに連れられて、田母神氏がしばらく身を潜めていた都内のホテルに向かった。田母神氏の靖国神社でのあいさつが甦ってきて、いてもたってもいられなかったのである。そこで私は再び心底驚くことになった。田母神氏が辞表を出さずに解任されていたことを知り、また論文投稿について謝罪はしないとの覚悟を固めていたからである。

◇貫き通した信念

例外はあるが、これまで失言問題などで更迭された閣僚はほとんどが謝罪している。
そこそこ、思いの丈は述べても、最終的には「世間を騒がせた」とか、「国会審議の妨げになる」などと弁解して自発的に辞任しているのである。そして辞任後は持論を封印して押し黙ってしまうのが普通である。
 なかには歴史認識について発言したといっても「村山首相の発言は誤りだ。植民地時代に日本は悪いこともしたが、良いこともした」との記者団へのオフレコ発言をばらされた江藤隆美氏(村山内閣の総務庁長官)のような気の毒なケースもあったが、それでも最終的には「国会の混乱を回避する」ことを理由に自発的に辞任したのである。
 歴史認識問題ではないが、有事の法の不備を指摘して統幕議長を解任された栗栖弘臣氏も辞表を書いている。
 要するに、歴史問題などで何か言って中国や韓国の反発を招けば、それが正しくても辞任せざるを得ず、辞任するときは心にもない謝罪をするのが大人の態度であるかのような悪しき慣行が出来上がってしまっているのである。
 だが田母神氏は断固、謝罪しなかった。
 解任後は登庁すら許されず、もちろん恒例となっている離任式すらないなかで、仕方なく防衛省ではなく、時事通信本社で行われた記者会見でも「論文に書きましたように、日本は古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国家です。決して侵略国家ではありません。戦後教育による侵略国家という呪縛が国民の自信を喪失させるとともに、自衛隊の志気を低下させ、従って国家安全保障体制を損ねております」と堂々と述べたのである。その後の参院外交防衛委員会への招致でもごうも信念を変えなかった。
 田母神氏が辞表も出さず、形式的であっても謝罪を拒否したのは、どう考えても解任が腑に落ちなかったからだった。
〈私は端的に言って「日本はいい国だった」と言ったのだ。すると「日本はいい国だったとは何事だ。政府見解では悪い国になっているのだ」ということで航空幕僚長を解任されしまった〉
〈もし私が謝罪し、反省を表明すれば、「日本は侵略国家である」というプロパガンダに、防衛省内では「それは嘘だ」ということはもう二度と言えなくなってしまうだろう〉(『自らの身は顧みず』ワック)
  確かに、「日本だけが侵略国家だと言われる筋合いはない」と述べた論文が政府見解に反するとして問答無用で解任されるなどということがあってはならない。そんなことがまかりとおるなら、もう誰も歴史認識について口にできなくなる。
 専門家の間でも侵略の定義には諸説がある。日本を侵略国家と決めつけるのが政府見解というなら正されるべきは政府見解の方であろう。
 田母神氏の論文投稿を軽率との批判があった。だが、これまた「高官であればあるほど
国家の重大問題について発言する義務がある」というのが田母神氏の考えであった。
そして田母神氏は今に至るも、いささかもぶれることなく、求められればどこにでも出かけて自らの信念を開陳しているのである。

◇民意とマスコミのかい離

田母神氏に対するマスメディアのバッシングは常軌を逸していた。朝日新聞は「こんなゆがんだ考え方の持ち主が、こともあろうに自衛隊組織のトップにいたとは、驚き、あきれ、そして心胆が寒くなるような事件である」(十一月二日)と社説で書いた。
NHKも『クローズアップ現代』が専ら事件を「軍人の独走」という視点から描いた。 文藝春秋(一月号)は、元防衛相、石破茂氏の「私は彼を信頼していた。一体どこで道をあやまったのか?」との記事を掲載した。
マスメディアには田母神氏の主張に耳を傾ける姿勢は全くといっていいほどなかったのである。だが、国民の反応は逆だった。誰もが解任されても節を屈することがなかった田母神氏が何を考えてどんな生き方をしてきたのか。いまの日本の国防体制についてどう考えているのかを知りたがっていたのである。
「タモちゃん現象」という言葉を最初に使ったのは鈴木社長である。田母神氏の独占手記を掲載した『WiLL』(二〇〇九年一月号、十一月発売)が、爆発的に売れ、時間を置かずに出した田母神氏にとって最初の自著となった『自らを顧みず』があっという間に十万部を超すベストセラーとなったからである。
「国防や歴史認識に関する本がこれほども売れることは予想を超えていた。最早、社会現象だ」(鈴木社長)というのがその理由だ。
「タモちゃん」と表現したのは、田母神氏は自衛隊では上司はもちろん同僚、部下からも親しまれてこう呼ばれていたからである。しばしば接してみて分かったのは、田母神氏は単なる愛国者ではない。どんなときにでもユーモアを忘れない関西風に言えば「おもろいおっさん」だということである。
「私が危険人物の田母神です」という決まり文句で始まる講演会はもちろん、私的な席でも他人を面白がらせることを忘れない。
 求められるままに講演をこなし、テレビにも各局に繰り返し出演した。

◇国内外で引っ張りだこ

講演の要請は北海道から沖縄まで引きも切らず、田母神氏が行くところ人が殺到した。
十二月から三月までは月二十回平均。四、五、六月はそれが計百回となったという。今も田母神事務所には一日数本の講演要請の問い合わせが入っている。それも最近は参加者の人数が増えているのが特徴で五月の八百五十人が集まった沖縄・那覇では、講演に先駆けてみんなで国家を斉唱、田母神氏の「核武装論」に大きな拍手が沸いたという。
沖縄と言えば左翼ばっかりの印象があるが、決してそうではないのである。
海外にも出かけている。三月には米国のロサンゼルス、そして十一月にはニューヨークも予定されている。海外公演は主に現地在住の日本人、日系人を対象に行われるが、ニューヨーク講演ではジュリアーニ前市長らにも参加を打診中という。また同時に、米国で『自らの身は顧みず』の英訳本を出版、共和党の元大統領候補のマイク・ハッカビー氏とフォックステレビで対談することにしている。その後、ロンドン、オーストラリアなどでの講演予定もある。
『自らの身は顧みず』のあと出版も相次ぎ、単著は田母神塾―これが誇りある日本の教科書だ』(双葉社)『座して平和は守れず田母神式リアル国防論』(幻冬舎)『自衛隊風雲録』(飛鳥新社)『真・国防論』(宝島社)。
 また、渡辺昇一、長谷川慶太郎、勝谷誠彦、潮匡人の各氏らとの対談、共著本が『日本は「侵略国家」ではない!』(海竜社)『この身、死すとも「これだけは言いたい」』(フォレスト出版)『国防論』(アスコム)『自衛隊はどこまで強いのか』(講談社プラスアルファ新)等々、全体では十冊を超えて、なお新刊を準備中という。
 そしてこれらのほとんどが版を重ねてベストセラー入りしている。
 あまりのことにあの朝日新聞までが、「業界ではタモチャン現象と呼ばれている」(五月三日)などと報じた。こうなると政界もほっとかない。自民党も含め出馬を求める幾つかの話があったという。
こうした社会現象と言われるまでも浸透した田母神人気に神経を尖らせているのは、左翼だけではなく問答無用で解任した浜田靖一防衛相、増田好平次官のコンビも同じかも知れない。
 浜田防衛相は、田母神氏に退職金の自主返納を求めたほか、自衛隊を「村山談話で教育する」と語ったが、防衛省は田母神氏の講演会にも介入した。防衛省の関連団体が田母神氏の講演会を開くことについて、それとなく難色を示したりしたのである。
 このため、主催者団体名を変更する講演会もあった。今回の広島市の秋葉市長と同じような言論弾圧まがいのことまでしていたわけだ。

◇老若男女からエール

それにしてもなぜここまで田母神氏を支持する動きが広がったのだろうか。
田母神氏自身は「人々は強い人間を求めているのではないか。今のリーダーは事なかれ主義で自己保身ばかり。そのため正しいものを排除する。私は今日まで自分の信念を曲げなかった。思ったことははっきり言ってきたし、いつも自然体でいる。会ってみると危険人物かと思ったら、とてもいい人だった」と笑って言うが、まさに人々は「事なかれ主義」と「自己保身」に汲々とする日本の政治家にうんざりしているのである。
 政治家は中国や韓国に遠慮して日本の国益を主張することが出来ない。日本の歴史を貶める。そのために日本の首相は英霊たちが眠る靖国神社にすら自由に参拝出来ないのである。
 ワックには今も毎日数通の読者カードが届く。すでに段ボール一箱分に達しているが、それをパラパラとめくると、日本の政治に対する憤り、そして田母神氏の発言に対する共感があふれている。
「今どきこんな本を書く人が現れるとは涙が出るほどうれしい。礼節の国ニッポン蘇れ!」(七十代男性青梅市)「時間をかけ何度も何度も繰り返しページをめくりました。泪が出ます」(四十代女性江戸川区)「近代史はよく知らなかったので目からウロコの想いです」(堺市三十代男性)
 八十代以上の戦争体験者からの葉書も多い。
「特攻訓練中に終戦となって生きながらえています。ふだん自虐史観のはびこる教育、政界、マスコミに憤懣やるかたなき感情を抱いていました。よくぞ言って下さった。よくぞ書いて下さった」(八十代男性宝塚市)「やっと日本人を見た思いです。平成維新の始まりですね」(八十代男性筑紫野市)
「若い人たちはもっと日本の近代を勉強してほしい。田母神さんよくぞ言って下さった。御礼を申し上げます。日本をよろしく」(八十代男性奈良県田原本町)
 そして若い人からはこんな風だった。
「解任のニュースを聞いて戦争を美化するけしからん人だと思った。しかしこの本を読んで日本人がかかっているマインドコントロールに呆れてしまった。日本はちゃんと学校で事実を伝えるべきだ」(十代男性日野市)
「自分の持っていた歴史観ががらりと変化しました。日本の国に誇りを持ってよいと感じられました」(十代女性丸亀市)「私自身も自虐歴史を学んできました。学校では愛国心が育たないことがよく分かります」(二十代女性岩沼市)
 『田母神塾』の双葉社と『自衛隊風雲録』の飛鳥新社はそれぞれ五月と六月に都内の書店でサイン会を開いたが、若い人が目立ったという。なかには高校生や追っかけのような女性もいたという。
 田母神氏はこうした日本の覚醒を願う人々によって支えられているのである。
 

◇「日本人の夢」を背負う

 ニューヨーク公演の窓口となっている高崎康裕氏は田母神氏を招へいする理由を、「外国にいる日本人は日本人としてのアイデンティティを失っている。それに対して米国人は米国史を中学から高校まで徹底して教えられる。日本人は教えられていないから自国のことを何も語れない。そういうときに田母神さんが登場した。海外の日本人は日本に夢を求めている。それが田母神氏に講演してもらう理由だ」という。
 米国では先ごろ、藤崎一郎駐米大使が元米捕虜団体の会合に出席し、日本政府として初めてフィリピン戦での米兵捕虜の扱いについて謝罪した。「村山談話の範囲内」で謝罪したと説明しているというが、サンフランシスコ講和条約で解決済みのことを蒸し返すというなら、それこそ米国による長崎や広島への原爆投下、東京大空襲などの無差別殺人はどうなるのか。また、民主党の鳩山代表は、代表就任後すぐに中国、韓国に対して靖国神社参拝は行わないことを伝えた。政府も野党も相も変わらぬ自虐史観に捕らわれているとき、普通の国民が「日本人は輝かしい歴史を取り戻すべきだ」と語る田母神氏に拍手を送るのは自然の成り行きだろう。
「靖国の英霊は犬死にじゃない。日本人が死んで人種平等の世界がきた。あの人たちが戦ってくれたからだ。英霊に感謝すべきだ。
 戦犯、戦犯というけど、戦犯が巣鴨にいるころに長谷川一夫や渡辺はま子など映画俳優や歌手らが慰問にいった。今で言えばキムタクや藤原紀香が行っているようなものだ。私は現役の時にも制服で靖国参拝を続けてきた。政治家はもっと靖国神社の話をすべきだ」
 どこの講演でもこんなセリフがすらすらと飛び出し参会者を感銘させるのが田母神氏である。しかも現役として中国を訪問した時にも、中国軍人に大東亜戦争は侵略戦争ではなかったと堂々と反論している。もともと不器用と思えるほどの言行一致の人なのである。
 田母神氏は最近、ある席で「自分は今が一番いいと思っている。悪くなっても殺されることはないと。そう思うと人間強くなれる。マイナス思考じゃカミサンに太刀打ちできない」と語った。だが、一時は「夫婦のたれ死に」を覚悟したと言うように、解任されて以降の日々は並大抵のことではなかったはずだ。

◇「新しい地平」を切り拓く

後を振り返ることなく走りぬいてきた田母神氏は今後どう歩むのか。
『自衛隊風雲録』の最後を田母神氏はこう結ぶ。
〈私を支持して下さった皆様にお返しする方法はないか、と考えている。具体的には、松下政経塾には及びもつかないが、フェイス・トウ・フェイスの講座を通して、青少年の愛国心の涵養や、日教組の自虐教育で歪められた真の日本の歴史の復興に役立てることは出来ないかと考えている。「老兵は消え去るのみ」などと気取っているわけにはいかない〉
 どうやら「タモちゃん」は、日本に新しい地平を切り拓く覚悟のようだ。そうであるなら、私たち田母神ファンも田母神氏を無慈悲に切り捨てた麻生太郎首相、浜田靖一防衛相、さらには朝日新聞などの反日メディア、そして今また、言論封鎖の挙に出た広島市市長にもよくやってくれたと感謝すべきなのかも知れない。
 彼らこそが田母神氏に断固闘いぬく決意を固めさせてくれたとも言えるからだ。

(二〇〇九年八月十五日 『月刊WiLL』臨時増刊田母神俊雄全一巻)

※ 都知事選では田母神としおさんを応援しています。タモさんの公式サイトです。

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