2015年4月23日木曜日

バンドン会議について!

〇安倍総理がバンドン会議で演説しました。
〇ところで、首相が演説で「植民地支配と侵略」を詫びがなかったことをとやかくいうメディアが多いですが、今さら詫びる必要などまったくありません。スカルノが提唱した60年前の同会議で、日本は各国から「日本のお陰だ。日本が戦わなかったら我々はイギリス、フランス、オランダの植民地のままだった」と大歓迎されたと生前、加瀬俊一氏が語っていました。だがこうした事実は政治にもメディアにも学界にも無視されてきたのです。
〇小泉首相は10年前、バンドン会議で村山談話を引用する形で「わが国はかつて植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」として、「痛切なる反省と心からのお詫びの気持ち」を表明しましたが、これほど場違いなあいさつはなかったのです。  私がこの話を知ったのは、故名越二荒之助氏の著書からです。参考までにその内容をアップしておきます。 〈一九五五年(昭和三十)になると、インドネシアのバンドンでアジア・アフリカ二十九カ国が集まって、国際会議が開かれた。参加国は、戦後独立した国がほとんどで、「黄と黒の団結」と独立をアピールする会となった。この会はインドネシア(スカルノ大統領)の提唱で、コロンボ・グループと呼ばれたビルマ、セイロン、インド、インドネシア、パキスタンの五カ国が招請国となった。  参加国はそのほかに、アフガニスタン、カンボジア、中華人民共和国、エジプト、エチオピア、ゴールドコースト、イラン、イラク、日本、ヨルダン、ラオス、レバノン、リベリア、リビア、ネパール、フィリピン、サウジアラビア、スーダン、シリア、タイ、トルコ、ベトナム民主共和国、ベトナム共和国、イエメン、ほかにオブザーバーとして数カ国が加わった。  日本は高崎達之助経済審議庁長官を代表として十数名が参加したが、他国はいずれも元首、首相級が出席し、政府レベルの国際会議となった。出席者のなかには周恩来、インドのネール、エジプトのナセル等の顔もあった。加瀬俊一外務相参与(後に初代国連大使となる)は、外務大臣代理で出席したのだが、その時の模様を次のように語っている。  「この会議の主催者から、出席の案内が来た。日本政府は参加を躊躇していた。アメリカへの気兼ねもあったが、何分現地には反日感情が強いに違いない、と思っていた。私は強く出席を勧めて遂に参加が実現した。出てみるとアフリカからもアジアの各国からも『よく来てくれた』『日本のおかげだ』と大歓迎を受けた。日本があれだけの犠牲を払って戦わなかったら、我々はいまもイギリスやフランス、オランダの植民地のままだった。それにあの時出した『大東亜共同宣言』がよかった。大東亜戦争の目的を鮮明に打ち出してくれた。『アジア民族のための日本の勇戦とその意義を打ち出した大東亜共同宣言は歴史に輝く』と大変なもて方であった。やっぱり出席してよかった。日本が国連に加盟できたのもアジア、アフリカ諸国の熱烈な応援があったからだ。  ところがこのように評価されている大東亜戦争の勇戦や、大東亜会議の意義だが、日本のマスコミや学会では取り上げられない。この辺にも日本の歴史認識や外交の未熟さがあるように思われてならない」(平成6年7月22日、京都外国語大学における講演より)〉(『昭和の戦争記念館第5巻』展転社)  

※バンドン会議演説  http://www.asahi.com/articles/ASH4Q42C2H4QUTFK00F.html…  ※日中首脳会談  http://www.jiji.com/jc/zc?k=201504/2015042200696&g=pol